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35歳でのプレミア初挑戦。
ACミランとPSG、さらにブラジル代表と世界トップクラスでキャリアを積み上げてきたチアゴ・シウバにとっても、不安の声がなかったわけではない。
身体能力はさすがに全盛期から落ちているし、183㎝と身長に特段恵まれているわけでもない。
脂の乗り切った年代のプレーヤーでも苦戦するプレミアリーグへの適応。
大ベテランの域に入るDFにとってはより難しい。
また直前のシーズンでPSGをCLの決勝に導いていたとはいえ、ややリーグ力が落ちるとされるリーグ・アンでの時間も長かった。
圧倒的な力を見せ、横綱相撲を展開することも多かったであろうPSGと、中堅クラブでも毎節のように上位を食らうプレミアリーグ。
プレースピードが速く、エアバトルも格段に増える。
大きく環境が異なるのは言うまでもない。
経験は申し分ないが、それでもアジャストできるのかという不安は否めなかった。
そしてその予想は決して間違いではなかった。
お披露目となった20-21シーズン第3節、WBA戦では自身のミスも含む3失点。
いきなりキャプテンマークを巻く華々しいデビュー戦だったが、結果は散々なもの。
メディアは「考えうる限り最悪のスタート」と見出しを打った。
守備の立て直しを期待されたはずが、理想とは程遠い結果になってしまった。

適応
しかしこれで終わるような選手ではなかった。
イタリアとフランスで王座を勝ち取り、セレソンでは常に腕章を巻く。
その経験値ですぐさま適応を見せると、シーズン中盤戦では守備の要として奮闘。
最終盤こそケガで戦列を離れたが、終わってみれば公式戦34試合に出場。
さすがにケガや疲労面なども考慮され、フランク・ランパード、トーマス・トゥヘルの両監督はかなり気を使って起用していた。
その事実も考えれば、30代半ばでのプレミアリーグ初挑戦として上々以上の出来と言えるだろう。
気づけば年齢に関する話が聞こえるのは、休養時にベンチからも外れただけ。
「確かにチアゴ・シウバはもうこの歳だから連戦はキツかったな」
ともすれば忘れてしまいがちになるほど、ピッチ内では絶大な存在感を見せていたのだ。
チーム力を上げる
チアゴ・シウバは大ベテランであるが、プレースタイルとしては非常にモダンだ。
体躯には恵まれていないものの、的確なポジショニングと絶妙な体の使い方で先手を取る空中戦。
鋭い読みを利かせた地上戦や対人。
本業である守備面はいうまでもない。
さらに足元も卓越しており、相手のパスミスは懐に収め、クリアではなく落ち着いて中盤に付けられる。
機を見てエリア内に送る球足の長いボールも高精度だ。
攻守が一体となった、トータルの能力の高いCBだ。
その恩恵は周りにも波及する。
特に影響を受けたのは同じく総合力を買われているアンドレアス・クリステンセン。
どこか貧弱な印象のあるクリステンセンだったが、チアゴ・シウバ加入以後は見違えるほどたくましいプレーを見せるようになった。
これまでもPSGでマルキーニョス、プレスネル・キンペンベが評価を上げたのと同様に、チアゴ・シウバには周りの若いCBを格段に成長させる能力がある。
昨季CL決勝で負傷したチアゴ・シウバに交代して入ったのがまさにクリステンセンだったわけだが、交代前と変わらぬ守備クオリティを維持させ、クリーンシートを達成したのは記憶に新しい。
組織は個人の集合体であり、個人のレベルアップが組織のレベルアップにもつながる。
チアゴ・シウバはまさに、「他の個人」のレベルを引き上げることで、チーム力を上げる存在なのだ。
経験と落ち着き
迎えたチェルシーでの2シーズン目。
チアゴ・シウバにとっての初戦はこれ以上なく「最悪」な状況だった。
21-22シーズン第3節、リバプール戦。
1点を先行しながらも、前半終了間際にリース・ジェームズがエリア内でハンド。
PKを与えさらにジェームズは一発退場。
モハメド・サラーにこのPKを沈められ、1点のアドバンテージを失い、さらに10人という数的不利で後半を迎えることになった。
トゥヘルはここで、チアゴ・シウバを投入する。
満員のアンフィールド、新シーズン初戦、交代出場。
ただでさえ難しい状況で、こちらは一人少ない。
凡百のプレーヤーなら試合に入ることさえままならないだろう。
しかしチアゴ・シウバ。
難しい試合をこなしてきた数は、文字通り桁が違う。
3バックの中央に鎮座し、猛攻を迎撃し続ける。
敵将ユルゲン・クロップでさえお手上げの守備で勝点をもたらした。
最難関の状況で見せた素早い適応
まさに経験値の賜物だった。

緊急事態も何のその
その経験と落ち着きは第4節でも発揮される。
期待をもって先発起用された新戦力、MFサウール・ニゲスがミスを連発。
同サイドがまだトップでの経験が浅いカラム・ハドソン・オドイとトレヴォ・チャロバーだったこともあり、連携がままならない。
明らかにプレミアに慣れていない姿は、アストン・ヴィラの格好の餌食に。
迎えた23分には危険な位置でサウールがロスト。
決定的なシュートはGKエドゥアール・メンディを超えたが、カバーに入ったのがチアゴ・シウバ。
体を張ったブロックでゴールを死守。
新戦力のミスからリードを吐き出すという、ともすれば雰囲気がこれ以上なく悪くなる事態を防いだプレー。
1点以上の価値があったと言える。
その後も精彩を欠くサウールのカバーに奔走。
前半はリードを守りぬいた。
結局サウールは前半のみでピッチを退くことになる。
期待したようなデビューではなかった、とサウール本人も後述していたが、それでも「考えうる限り最悪のデビュー」にはならなかっただろう。
それは1年前、同じように苦い思いをした大ベテランの好守によるところが極めて大きかった。

健在、ではない
ジェームズの退場もサウールの大ブレーキも、ともに予期しえない事態だった。
それでも勝点を持って帰ってこれているのは、どんな展開でも揺るがない、チアゴ・シウバという歴戦の戦士がチームを引き締めているからである。
またトレヴォ・チャロバーという規格外の若手も頭角を現している。
クリステンセンのように、薫陶を受けさらにレベルアップすることが期待される。
身体能力は落ち、ケガも増えたのは事実だろう。
それでもチアゴ・シウバは揺るがない。
落ちたであろうアスリートとしての能力。
しかしそれ以上に、サッカー選手としての能力や若手の模範としての存在感をその経験から得ているのだ。
DFとして、サッカー選手として、チームの一員として。
健在どころではない。
今なお過去最高を更新し続けている。
今月には37歳を迎えるチアゴ・シウバ。
それでもなお、最前線のさらに一番前で走り続ける姿は、想像に難くない。
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